小脳萎縮による発達障害がMRTで改善しつつある

体験談

2023/12/23

女児1
年齢

8歳

性別

女性

「小脳萎縮症」による運動機能・言語機能の発達障害と診断される


娘は、平成16年に産まれました。1歳6ヵ月になっても、他の子に比べてなかなか歩き出さず、定期健診のときに「発育が遅いかもしれない」と言われ、1歳8ヵ月検診のときに、別の病院を紹介されてリハビリを始めました。

しかし2歳になろうという頃にも一向に歩き出す気配がなく、医者から「このまま様子を見ましょう」と言われることに何となく違和感を覚え、「もしかして何か障害があるのではないでしょうか? 検査はしないのですか?」と聞きましたところ、「小脳萎縮症」と診断され、運動機能や言語の発達障害があると言われ、だからなかなか歩かなかったのだとわかりました。

 


従兄からの電話でMRTを知る


その後、保育園に通うようになり、5歳のときには、壁に手をついて伝い歩きはできるようになりましたが、1人で歩くことも、言葉の発音もハッキリとできず、保育園の先生とうまくコミュニケーションがとれなかったりなどして、母親である私自身が疲れを感じていました


そんなとき、従兄から1本の電話が掛かってきました。「弟(主人)に話したいことがあるから、必ず伝えて」と、大事な用件のようでしたので、職場にいる主人に電話しました。その後家に帰ってきた主人が、従兄からMRTという所を紹介されたと話してくれました。

MRTの創始者の内海先生の御著書や、治良の資料も頂いたのですが、主人も私も最初は『仙骨』と聞いてもピンと来ず、半信半疑でした。しかし、せっかく紹介してもらったということと、娘のために自分達にできることならなんでもしてやりたいという気持ちから、試しに行ってみようと決めました。

当時娘は5歳でしたが、伝え歩きやベビーカーでの移動でしたので、泊まり込みで千葉に滞在し、主人と私、そして娘の3人でMRT千葉で初回の治良を受けたのです。

 


初めての場所には過敏で興奮するはずが、治良後ぐっすり眠る


初めての治良のときは、とても大変だったことをよく覚えています。娘は慣れない環境、特に人混みやお店の中に入ると非常に緊張してしまうため、MRTオフィスには、やっとの思いで辿り着きました。

更に全く初めての治良という状況の中で怯えて大泣きし、治良室に入るだけでも1時間近く掛かりました。そしてようやく治良室に入ったかと思ったら、今度は壁の隅から頑として動かず、実際に治良を受けるまでには、更に1時間近く掛かりました。


ところが、治良を受けた途端すぐに泣きやみ、その後待合室でぐっすりと眠ってしまったのです。娘は普段家以外で寝るなどまずあり得ないことで、それも初めての場所や知らない人達に囲まれた状態で眠ってしまったことに大変驚きました。


更に、それまで娘が汗をかかないことが気になっていたのですが、初回の治良の後、髪の毛が濡れるほどの汗をかき、その後も宿泊先でぐっすり眠っていたことが印象的でした。

翌日、2回目の治良を受け、やはりなかなか治良室に入らず大泣きしましたが、治良後は途端に穏やかになり、ニコッと笑顔を見せました。そしてそれまでは水をほとんど飲みたがらなかったのですが、治良後は自分からたくさん水を飲みたがりました。

その翌日に3回目の治良を受けやはり、治良を受けるまでに時間が掛かりましたが、治良を受けた直後は前回と同じようにニコッと笑いました。

 治良を受けるごとに娘の身体が今までにない変化をしていることを感じ、娘のみならず親である私達自身も、治良を受けると何となく身体が変わった感覚を覚えていました。

 


1人で歩ける距離が増え、単語の発音がハッキリしてきた

遠方に住んでいるため毎週治良に通うことはできませんでしたが、娘に「今日MRTに行くよ」と言うとうれしそうな顔をすることもあって、遠くてもMRTに来ることは不思議と苦になりませんでした。

『センコツくん』を購入し、治良は月に1回か2回でしたが定期的に通い、その度にハッキリとした変化を実感しました。

6回目には自分から進んで治良室に入り、すんなりと治良を受けることができました。

7回目には、まだ伝え歩きや補助が必要ではあるものの足取りがしっかりしてきたように感じました。更に10回目を過ぎる頃には喜んで治良室に入るようになり、外出先でも手を繋いで自分の足で歩くようになりました。そしてこの頃から、母親の私自身も、不思議なほど物事に動じない心境になってきました。


15回目を過ぎる頃に入学する小学校が決まりましたが、親である私のほうが「新しい環境で娘がうまくやっていけるだろうか」と心配を掴んでしまっていました。ところが、いざ学校生活が始まってみると、私の心配をよそに毎日学校へ行くことを楽しみにしている様子がよくわかりました。ほんの半年前までは1人では5メートルも歩けなかったのですが、学校に行くようになってからは更に足取りがしっかりして、少しずつ1人で歩ける距離が増えていきました。


治良20回目を過ぎ、2学期も半ばを過ぎた頃には、以前に比べて単語をハッキリ発音できるときが増えてきました。以前は「アー」とか「ダー」と聞こえていたのが、親の私達には「おとうさん」「おかあさん」と聞き取れていたのですが、他人が聞いても言葉として聞き取れることが増えてきました。


以前から家族ではよく喋っていましたが、すごく人見知りで、MRTの治良室でも目を見て挨拶はおろか、話し掛けられてもうなずきもしないほどでしたが、治良を受けたら毎回決まって「キモチイイ」と満面の笑顔で言うようになりました。


学校では新しいお友達ができ、家に遊びに来たお友達を『センコツくん』に乗るようにしぐさで促していたこともありました。お友達は、娘がハッキリ会話ができなくても「未夢ちゃんといると楽しい」と言ってくれており、いつも友達に囲まれています。

治良30回目に近付いた頃、風邪をひいたようで40度近い熱を出したことがありました。翌日はMRT治良を予約してあったのですが、道中が長いこともあり大事をとって予約をキャンセルしたら、よほど楽しみにしていたらしく非常に怒ってしまい、「ポン(治良のこと)行く!」と何度も起き上がって動こうとするのをなだめて寝かせたほどでした。


この頃には、毎回「明日MRTだよ」と言うと、前後からワクワク、ソワソワとし、当日はうれしさが抑えきれない様子でテンションが高く、いざMRTに到着して名前を呼ばれると、満面の笑みで自分から治良室に入り、身体いっぱいで喜びを表現するようになりました。

 


目を見て挨拶や会話ができるようになり、運動会では1人で走れた


初めての学校生活1年を無事に終了し、2年生になる頃には、MRT治良も40回目を迎えようとしていました。この頃には、そばについて手を繋がなくても数十メートルは1人で歩けるようになり、少し目を離しても大丈夫だと思って油断していたら、転んでケガをしてしまうことがありました。まだ目を離すことはできないと思いながらも、しっかり自分の足で立って歩くことができるようになったことを感じました。


治良40回目を過ぎた頃、新学期が始まり、2年生になりましたが、担任の先生も交代し、1年生のときは教え方や接し方が変わったので、環境の変化に娘が対応していけるのか、再び私が心配になってしまったことがありました。新学期の初めは娘もあまり楽しそうに見えず行きたがらない日もあったので、心配が幕っていた矢先、私自身が自宅の階段を踏み外して左足首を骨折してしまったのです。そして、ちょうど娘も同じ時期に顔から転び、上唇と鼻の間をすりむいてしまいました。そのことから、「これは自分の足元を見なさいということなのだな」と感じたのです。そうして自分の中真を取り戻し、MRT治良をなるべく間隔を空けずに受けたところ、足の痛みも2ヵ月後にはすっかり良くなり、また娘も楽しそうに学校に行くようになり、自分が心配し過ぎていたのだと気付いて、気持ちが切り替わってきました。そして、見守っていれば良いのだと改めて気付かせて頂きました。


その後、娘はどこでもよく喋るようになり、まだハッキリとした言葉での会話はできませんが、MRTに来たときに、自分から「こんにちは」「よろしくお願いします」と挨拶ができるようになりました。また、MRTの待合室でたまにお会いしたアプリカントの方から、「1年前に会ったときとは全然違うからびっくりした」と言われたこともありました。


治良50回目を迎える頃には、秋の運動会で皆と同じ体操も最後まででき、徒競争では、娘用の短い特別コースではありましたが、1人で走り切ることができました。その姿を見たときには娘の成長を感じ込み上げてくるものがありました。


 娘は1人で歩ける距離が増えてきた頃から、言葉がよく出るようになったと感じます。また周囲の環境の変化にもすぐに溶け込み、本人はマイペースで伸び伸びとしています。


 どんどん手が離れていくことが逆に寂しく感じてしまうほどですが、その反面、以前はずっとこのままなのかなと心配していましたが、他人にも信頼関係を築けるようになってきたことをとてもうれしく感じています


 MRTでは、「仙骨の動きをよくするためには歩くことが1番重要である」といつもお聞きしていますが、自分の足で立って歩くことが自立するということであると、娘の姿から見せてもらっているように感じます。

 


今では娘が私の手を引いて歩いてくれるまでになった


今、私は、第2子を妊娠中で、もうすぐ臨月になります。つわりがおさまって体調が回復してきた頃から、私も自分の仙骨のためによく歩くようになりました。体調がよくない日もあったので、主人にも一緒に付いて来てくれて、娘も一緒に3人(お腹の子を入れて4人?)で散歩しています。


ほんの2年前に初めてMRTに来たときはまだ1人で歩けなかった娘が、今では、妊娠中の私の手伝って手を引いて歩いてくれることもあります。



 もしもMRTに出会っていなかったら、娘のことも「どうしよう」と右往左往するばかりだったと感じますが、娘が「小脳萎縮」という発達障害を持っていたことで、MRTに出会い、娘だけでなく、自分自身が以前と比べて動じなくなりました。

これからも、よく歩いて家族皆で仙骨のバイブレーションを高め、理解を深めていきたいです。


(MRT千葉の誇り)

MRT千葉の誇り|仙骨無痛療法で腰痛・膝痛・肩こり等を改善 (mrt-chiba.com)



体験談は個人の感想であり、MRT仙骨治良(仙骨無痛療法)による効果を説明するものではありません。


 MRT仙骨無痛療法(MRT千葉)に通われている方は、仙骨1点・瞬間・無痛の治療により、背骨の土台である仙骨を調整することで、背骨・全身のゆがみが改善されるだけでなく、こちらのお子さんのように、発育の遅れに変化が出たり、病院で治らなかった坐骨神経痛や手術をしても改善されなかった椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症などの腰痛、妊娠・出産などの婦人科系・ホルモンバランス・自律神経・免疫力・などの症状が改善された方が数多くいらっしゃいます。


是非、MRT千葉にお越しください。
MRT千葉は、JR千葉駅から徒歩3分、千葉都市モノレール千葉駅から徒歩3分、京成千葉駅から徒歩2分の大変便利な場所にあります。


また、MRT千葉周辺にはコインパーキングもありますので、お車でも気軽にお越し頂けます。
お気軽にお問い合わせください。お電話または、オンラインで予約できます。


【MRT(マート)仙骨瞬間無痛良法】
微弱な磁気によって『仙骨』の変位を読み取り専用のMRTテーブルで瞬間・無痛に調整します。1981年の創設以来、全国12ヵ所のMRTオフィスで延べ400
万人以上の実績があります。

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